「うぇえ~ん!
ユウトくん、私また学校でいじめられたよ~!」
小学生時代、近所に住む同い年の『ユカ』は、ほぼ毎日、俺の家に転がり込んで来ては泣きじゃくっていた。
「なに?なんなの?毎日毎日。
泣き言を聞かされる俺の身にもなってよ。
俺は、早く本の続きを読みたいんだけど」
「ユウトくん、冷たすぎるよ~!
そんなんだから、クラスで友達もできないんだよ~!」
「いじめられてるお前にだけは。
お前にだけは、マジで言われたくない。
ていうか、友達を作るための友達だったら必要ない。
そんな暇あったら読書してたい」
「ユウトく~ん!私、ユウトくんみたいに強くなれたらいいのに~!
毎日毎日、学校でいじめられるの、もう嫌だよ~!」
ユカは俺に抱きついて、さらに泣きじゃくる。
俺の服は一瞬にして、ユカの涙と鼻水と、他にもなんだかよく分からない液体やら分泌物やらでビショビショのグショグショになる。
コイツは俺の服をティッシュペーパーか何かと勘違いしているのだろうか。
「ユウトくん、グスッ…私なんて、こんな人生なんて、もう嫌だよ…
私は…ヒック、ヒック…」
「どうした?小学生のぶんざいで酔っぱらってんのか?」
「酔っぱらいの『ヒック』じゃないよぉ~!
泣いてるときの『ヒック』だよぉ~!
ユウトくん、私はどうしていじめられるの?
私、なにも悪いことしてないのに…どうして…
グスッ」
「そうだな~…」
俺はユカを見下ろす。
「まず、そうやって毎日毎日同じ悩みで泣きついてくるところに学習能力の無さを感じる。嫌なことがあったら泣いてストレス解消すればいいという思考力の無さにもイライラする。あと、泣いてる顔が不細工だし、ぜんぜん勉強できないみたいだし、宿題忘れてばっかりだし、スポーツもナメクジ並みに不得意だし、靴下が左右で柄が違うし、髪の毛の結び方も左右でバランスがずれまくりだし、願い事があれば努力しないで神頼みすればいいと思ってるのも不気味だし、鼻くそほじったら美味しそうなご馳走を見つけたみたいな目で見つめるのもキモいし、まず鼻くそとかほじるなよ。あと、それから…」
「悲しんでる女の子に、なぐさめの言葉をかけない上に、さらに心の傷あとをえぐるようなことを言うなんてひどいよ~!
うわ~ん!私、そんなに悪いところばっかりだから、毎日いじめられるってことをユウトくん言いたいんだぁ~!」
「違う。その逆だし」
「えっ…?」
「欠点のある『だけ』の人間がいじめられるんなら、世の中の全ての人間がいじめられてるんじゃないのか?
お前がいじめられる理由は、たぶん…」
「た、たぶん…?」
「お前自身が、お前のことを否定してるからだ。
お前の中に眠る『良いところ』を見つけてやらないで、いじめられることに身をまかせて、自分を守ってやらなきゃいけない、って感覚が無いからじゃないのか?」
「………」
「俺は、とりあえず自分自身を否定しない。
自分に自信があるかは、また別だけど。
だから俺は、お前の言うように友達はいないけど、いじめられちゃいない」
「ユウトくん…」
数日後、俺は親の仕事の都合で、今まで住んでいた会津を離れることになった。
それを告げたとき、いじめられて泣いてばかりいたユカは、今までのどれだけいじめられた時よりも、ずっとずっと激しく泣いた。
俺は会津を去った。
もともと、そんなに好きでもなかった場所だったから。
心残りなんて、全く無かった。
ユカのことも、すぐに思い出さなくなった。
冷たい人間だと思われそうだけど、仕方ないとも思う。
ユカは、俺を悲しみの感情の捌け口にした。
ユカは、俺に苦しみを訴える一方で。
俺の言葉など、話など、聞いているようで全く聞いていないように思えたのだから。
こちらからの何もかもが、相手に全く届いていない感覚。
相手に対する、感情の冷ややかさが増す一方だった。
ただ、それだけ。